前の記事から一年以上も経った。泳ぐのを止めると窒息するカツオのような生き方をしていたら、38歳も半分を過ぎてしまった。いまの自分は「スピード」のキアヌ・リーブスにも止められないかもしれない。
「巨人の星」で「坂本龍馬はどぶの中でも前のめりになって死んだ。男はそうでありたい」みたいなエピソードが描かれていた。これは梶原一騎の創作で、史実ではないというのでがっかりしたのだが、おそらく僕も、いまここで死んだら前のめりにどぶの中だろう。まあいつ死んでもいい、そういう生き方をしている。
なにも書かないと心配する知人がいるだろうから、生存報告がてら書いています。
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「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えることができる」という言葉を聞く。エリック・バーンが言ったとか井上康生が言ったとか、諸説ある。どちらかというと美談の文脈で語られることが多い。僕は最初「なるほどなあ」と思っていたけど、ここ一、二年は懐疑的というか、半分は当たってるけど半分は的外れですよねと考えている。
「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えることができる。いっぽうで未来は環境にも依存する。環境は自分と他人で形成される。自分を極限まで変える努力をしたとて、他人が変わらなければ、未来を束縛する環境がある段階からまったく動じなくなることに絶望するだけである。結局のところ、納得のゆく未来を手にするためには、自分か他人のどちらかがなんらかの形で環境から離脱しなければならない。」
というのが、いまの僕の結論だ。もはやこれは真理だと切に感じている。「違う、そうじゃない」「自分次第で未来はいくらでも変えられる!」と感じる方がいらっしゃれば、それは環境に恵まれているということです。あるいは、知らないうちに・もしくは知らないふりをしながら、他人を環境から蹴落とすことに長けているということでしょう。まあ、弱肉強食がわれわれの摂理なので、そういう生き方を僕も嫌いじゃあないです。
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なにか暗い話を書いてしまった。とりあえず引き続き前のめりに生きてゆきます。

